相談
前のコラムを読みました。怒ってやらせるのがよくないのは、頭ではわかります。でも、私が怒らなくなったら、うちの子は「やらなくても何も言われない」と思って、もっとやらなくなる気がします。結局、ある程度は怒ってでもやらせないと、やる子にならないのではないでしょうか。
塾長の聞き返し
今は何をやらせているのでしょうか。そして、怒るのをやめたとき、いちばん怖いのはどんなことでしょうか。
学校の宿題と、塾の課題と、テスト前の勉強です。今は私が怒れば、しぶしぶでもやります。それがなくなったら、本当に何もしなくなって、成績が落ちるのが怖いんです。
塾長の答え
1. 怒ってやらせるのは、その場の「支配」です
怒ってやらせるとは、その場をお母さんが支配することです。たとえるなら、ナイフを突きつけられて、嫌でも従わざるを得ない状態です。お子さんは、お母さんという権力者に叱られ、力に屈して、やりたくないことをやらざるを得ない経験を積み重ねています。
たしかに、それで学力という成果が出ることはあります。ただ、そもそも学力は、何のために身につけるのでしょうか。
2. 学力は、課題を乗り越える力のためにあります
ことばこでは、学力とは「課題を乗り越える力」だと考えています。自分の人生を、自分で切り開こうとする意志と活力のことです。
ことばこには、学習障害や発達障害と言われる子、グレーゾーンと言われる子も、よく来ます。ことばこで見てきた子たちは、たしかに勉強がなかなかできません。でも、自分の人生をよくしようと思っていないかというと、そうではありません。できることが少なくても、「できるかも」と思えることが見つかると、食いつくように取り組みます。
ところが、やっていないと叱られる状況になると、わかりやすく落ち込みます。最初は、親の期待に応えようと頑張ります。でも、能力的に他の子と同じようにはできません。それでも叱られると、勉強そのものが嫌いになり、課題を乗り越えようとする活力が、だんだん小さくなっていきます。
3. 「怒られたからできた」わけではありません
勉強が得意で、怒られても乗り越えてしまう子もいます。結果はよく見えるでしょう。でも、その子は、怒られないとできなかったのでしょうか。そんなことはありません。もともと、できる素質があったのです。怒られなければ、もっとできた可能性が高いと、私は思います。
野球で考えるとわかりやすいです。昔は、怒られ、殴られながらやっていました。でも今の高校生は、そんな指導を受けていなくても、技術で昔の高校生に劣りません。むしろ上だと、私は思います。精神論は置いておいて、技術だけで見ても、怒られる必要はありません。勉強も同じです。
4. では、怒らずにどうするのか
でも、うちの子は、障害があるわけではなく、普通にできる子なんです。できるのに、やらないんです。怒らずに、どうやってやらせるんですか?
まず、お子さんは、勉強そのものが好きではないでしょう。でも「できるようになりたい」とは思っています。計算ができたらうれしい。漢字がたくさん書けたら、かっこいい。毎日15分、計算練習をやってみようか。それくらいは、小学生でも自然に思います。「やりなさい」と叱られていなければ、です。叱られ続けると、その反動で「やりたくない」が出てきます。それは本来の姿ではありません。
「努力できる人になりたい」とも、誰でも思っています。私もそうです。毎朝起きて、10分走れる人になりたい。でも、なかなかなれません。
ただ、思ったからといって、続けられるとは限りません。そこで必要になるのが、強制の代わりの「続けるための支援」です。
お子さんが「毎朝1キロ走りたい」と思ったとします。お母さんが毎朝同じ時間に起きて、一緒に走ったらどうでしょう。お母さんが続けられる人なら、お子さんが続けられる可能性は、10倍にも100倍にもなると思います。一人で毎朝走り続けられる子は、私の感覚では、100人に1人です。
勉強も同じです。無理やりやらせるのではありません。毎日同じ時間に、お母さんも自分の勉強をする。「あなたはあなたで、毎日1時間、やってみたいことをやってみて」と言う。計算ができるようになりたいなら、「こういうプリントがあるよ。順番にやればできるようになるよ」と、本人に合ったやり方と、適切な支援を用意する。これがあれば、怒る必要はありません。ことばこでやっているのは、まさにこれです。
5. 「怒ってでも」と思うのは、なぜか
怒って何とかさせようとする人は、基本的に、自分が怒られないとできない人です。私も、朝は走れません。だから、お母さんだけを責めているのではありません。同じなのです。
自分を律して、できるようになった人は、「やりたい」という気持ちがあります。毎日素振りをしたら、ホームランが打てるようになるんじゃないか。これだけ勉強したら、大学に行けて、人の役に立てるんじゃないか。そんなワクワクがあるから、どうすればできるかを考えます。
6. 「嫌なことを我慢してやる経験も、必要では?」
野球の話はわかります。でも、社会に出たら、嫌なこともやらないといけませんよね。勉強も、嫌でも我慢してやる経験が必要じゃないですか?
それは、そのとおりです。ただ、社会に出てやらなければならない嫌なことは、まず、職場を自分で選べます。そして、その嫌なことは、自分が提供したい価値のために必要なことです。面倒だし、やりたくない。でも、それをやることで世の中の役に立てると思うから、やりたくないけれど、結局は「やりたいこと」になります。
つまり、「やりたくないことを、やれるようになりたい」と自分で思えていれば、人は乗り越えられます。勉強も同じです。好きでなくてもいい。「この勉強をやれる人になりたい」という気持ちがあればいい。その気持ちは、誰にでもあります。
7. 子どもは親を選べません。だから、親が変わるしかありません
仕事で考えてみてください。どんなにやりがいのある仕事でも、「こんな上司の下では働きたくない」と思うことがあります。そして、そういう上司のもとで働き続けなくていい。選べるのが、人間の権利です。
でも、子どもは親を選べません。先生は選べます。勉強を続けられるようになりたい。でも、どうすればいいかわからない。そんな子にとって、「この人のもとでやるくらいなら、やらないほうがマシ」ということもあれば、「この人のためにも頑張りたい」と思えることもあります。
だから、親が、そういう人間になるしかありません。そういう自分が存在するだけで、それが適切な支援になります。
前回、怒ってやらせるのは暴力だと言いました。それは、関係性のないところで、力で押さえつけることです。「この人と一緒に頑張りたい」「この人のようになりたい」と思われている関係があれば、強い言葉を使っても、相手を傷つけたり、やる気を奪ったりはしません。強く言っても、それは勇気づけになります。つまり、「叱る」「怒る」という言葉の問題ではなく、関係性の問題です。
最後に
「怒らずにどうやってやらせるんですか」と聞きたくなったとき、まず、自分に問うてください。お母さん自身は、自分がやりたい、達成したいことに、どう向き合っているでしょうか。自分を律して続けるために、何をしているでしょうか。これは、お母さんだけに言っているのではありません。先生も、上司も同じです。自分ができている人が、そのやり方を、子どもに伝えられます。
厳しいことを言うようですが、できないなら、どうしたらできるかを、一緒に考えていきましょう。それを考えることが、そのままお子さんの支援になります。自分の成長が、お子さんの成長につながるのです。
今日から使える一言
「勉強をやれる自分になりたい気持ちは、あるよね。続けるために、何か手伝えることはある?」
塾長コラム ─ 学習塾ことばこ 塾長(教員10年・学習塾個別指導12年)