相談
育児書で「ほめて伸ばす」と読んで、小学4年生の娘をできるだけほめるようにしてきました。ところが最近、ほめられないとやらなくなり、難しい問題は「どうせできない」と避けるようになりました。ほめるのは、間違いなのでしょうか? 怒って伸ばすよりは、いいと思っているのですが…。
塾長の聞き返し
どんなときに、どんな言葉でほめていますか? 具体的に教えていただけますか?
「100点、すごいね!」「頭いいね!」「えらいね」とか…。いい点を取ったときは、好きなお菓子を買ってあげることもあります。
塾長の答え
1. まず、お母さんの方針は間違いではありません
怒って動かすより、ほめて関わろうとするお母さんの気持ちは、まっすぐです。ここは最初にはっきり言っておきます。娘さんが「どうせできない」と言うようになったのも、お母さんの愛情が足りなかったからではありません。関わり方の「型」を少し変えれば、変えられることです。ほめてきたことを、後悔する必要はありません。
そのうえで、私の考えを言います。私は、アドラー心理学を土台に考えています。アドラー心理学の考え方を伝える岸見一郎さんと古賀史健さんは、ほめることも、叱ることと同様に勧めていません。 理由は、ほめることが「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面をもつからです(古賀・岸見、2023)。
ここで、言葉を一つ説明します。
- 縦の関係:上と下がある関係。評価する人と、される人。ほめる・叱るは、この関係の中で行われる
- 横の関係:違いはあっても、人として対等な関係。感謝や喜びは、この関係の中で伝えられる
岸見さんは、子どもを家来や子分にしないために、対等に接することを重視しています(古賀・岸見、2023)。ほめることは、知らず知らずのうちに、子どもを「評価される側」に置いてしまう、という考え方です。
でも、ほめられると、子どもは嬉しそうなんです。
嬉しいのは事実ですし、嬉しいこと自体は悪くありません。問題は、ほめられることが目的になってしまうことです。ほめてくれる人がいるときだけやる。ほめられそうにないことは、避ける。娘さんの今の様子は、その入り口かもしれません。
2. 何をほめるかで、子どもの挑戦する姿勢が変わる
ほめ方についての、有名な研究があります。
ミューラーとドウェック(1998)は、アメリカの小学5年生を対象に、六つの実験をしました。パズルに成功した子どもたちを、無作為に「頭がいいね」とほめる群、「がんばったね」とほめる群、何も言わない群に分けています。その結果、「頭がいいね」とほめられた子どもは、失敗したあとで、粘り強さや課題を楽しむ気持ちが低下し、成績も下がりました。 次の課題を選ぶときも、「学ぶこと」より「よく見られること」を選ぶ傾向が強かったのです。
ただし、この研究は、そのままアドラー心理学の主張を証明するものではありません。ドウェックらの結論は「努力をほめるほうが良い」で、アドラー派は、努力であってもほめる(評価する)こと自体を勧めません。立場は違います。それでも、「何を、どう言うかで、子どもが課題に向かう姿勢が変わる」 ことは、研究からも言えます。「頭いいね」は、娘さんの「どうせできない」とつながる可能性がある、ということです。
また、お菓子のご褒美については、第50問で詳しく考えます。
3. ほめる代わりに、何を伝えるか
アドラー心理学で大切にされるのは、「勇気づけ」です。勇気づけとは、相手が困難を乗り越える活力を持てるよう、支えることです(岸見一郎氏の講演紹介記事より)。
古賀さんと岸見さんは、ほめる代わりに、「ありがとう」「助かった」と感謝を伝えることを勧めています。感謝の言葉は、「自分は誰かの役に立てた」という貢献感を育て、それが「自分には価値がある」という実感につながる、という考え方です(古賀・岸見、2023)。
でも、勉強のことで感謝するって、不自然じゃないですか?
おっしゃるとおりです。勉強そのものに「ありがとう」は、不自然です。ですから、こう考えてください。
- 家の中で:「お皿を運んでくれて、助かったよ」。お母さんの役に立った、という経験を作る
- 勉強では:評価ではなく、関心と質問を向ける。「この問題、どうやって解いたの?」「そこ、おもしろいね。もう少し聞かせて」
- 素直な反応は、していい:古賀さんは、「わぁすごい!」のような同じ立場からの素直な反応まで、禁じる必要はないとしています(古賀・岸見、2023)。ルールで自分を縛りすぎないでください
見たままを伝えるのも、一つの方法です。「今日は、この問題に長く取り組んでいたね」「前に間違えたところを、自分で見直していたね」。これは評価ではなく、観察です。「見てくれている」という安心が伝わり、点数や出来栄えとは別のところで、自分の取り組みを認められた感覚が残ります。
評価の言葉を、お母さんの喜びに置き換える方法もあります。「100点、すごいね」ではなく、「100点だったんだね。お母さんもうれしいよ。自分では、どう思う?」。評価するのではなく、気持ちを伝え、本人の感想を聞くのです。
4. 「ほめないと、自信がつかないのでは?」
でも、ほめないと、自信がつかないんじゃないでしょうか。
ここで、自信とは何かを考えてください。勉強ができることの、さらに根っこにあるもの。それは、「自分には、課題を乗り越えていける力がある」という実感です。
ほめられて得る自信は、他の人の評価の上に立っています。評価してくれる人がいなくなれば、揺らぎます。一方、自分で課題を乗り越えた経験や、誰かの役に立てたという実感は、自分の中に残ります。
ことばこでも、生徒がプリントをクリアしたときに「すごいね」「頑張ったね」と言います。「それは、ほめているのでは?」と思われるかもしれません。形としては、ほめています。ただ、私の中では、評価しているのではなく、相手の努力に寄り添っているという感覚です。
頑張っている姿を見ていたから、「めちゃくちゃ頑張ったね」と言う。クリアできたら、「成長できたことがすごいね」と、起きた事実をコメントする。「こちらの期待に応えられて偉いね」という意味は、入れていません。
あまり難しく考えなくて大丈夫です。ほめてはいけない、ということではありません。言葉の裏に、上から評価する気持ちがあるかどうか。違いは、そこだけです。
また、ほめられないと動かなくなる、というお悩みの裏には、「見てほしい」という気持ちがあります。これは、お嬢さんに限った話ではありません。お父さん、お母さんがいない場所での子どもたちを、ご家庭では見ることがありませんが、塾では、「自分を見てほしい」「構ってほしい」という気持ちで動く子が、とても多いです。私の実感では、8割ほどです(数えたわけではありません)。
子ども自身は、そう意識していません。ただ、注目されたくて、少し変わった行動をとってしまう。それが普通の姿です。そして、安心して過ごせる場所で、ちゃんと見てもらえていると感じられると、だんだん落ち着いていきます。
ほめなければ、と力まなくてよいのです。見ていること。そして、見ていると伝わること。 それが、いちばんの土台です。
結果が悪かったときの声かけは、第61問で扱います。
最後に
今日からできることは、三つです。
- 「頭いいね」「えらいね」を、「ありがとう」「助かった」「うれしい」に置き換えてみる
- 勉強の話では、評価の代わりに、「どうやって解いたの?」と聞く
- うまくできなくても、自分を責めない。ほめるのをやめることが目的ではなく、対等に接することが目的です
ほめて伸ばすのか、叱って伸ばすのか。その二択のどちらも、実は同じ「縦の関係」の中にあります。お子さんを評価する側に立つのではなく、同じ人間として、そばで支える。それが、勇気づけです。
塾長コラム ─ 学習塾ことばこ 塾長(国語科教員10年・学習塾個別指導12年)