中学1年 第3回 社会 模範解答・解説
世界の国と首都/人類の誕生・古代文明/古代の中国・ギリシャ・ローマ/日本の原始・古代  100点満点・全53問
観点別配点 知識・技能 60点(34問) / 思考・判断・表現 40点(19問) / 合計 100点
採点にあたって ○記号問題は、示した記号以外は不正解とする。読み取れない字は不正解。
○語句問題は、漢字で習った語句をひらがな・カタカナで書いたものは不正解。字数指定も守らせること。
○記述問題は、各問の採点基準に従って部分点を認める。
【知識・技能】(60点)
知技 1世界の国と首都(1点×8=8点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)ア(ロンドン)1 イギリスの首都はロンドン。イのパリはフランスの首都なので誤り。
(2)ウ(カイロ)1 エジプトの首都はナイル川下流のカイロ。アフリカ最大級の都市である。
(3)オ(キャンベラ)1 オーストラリアの首都はキャンベラ。エのシドニーは人口最大の都市だが首都ではないので誤り。
(4)キ(ブラジリア)1 ブラジルの首都は内陸に計画的につくられたブラジリア。カのリオデジャネイロはかつての首都で、現在は首都ではないので誤り。
(5)ク(アンカラ)1 トルコの首都はアンカラ。ケのイスタンブールは最大の都市だが首都ではないので誤り。
(6)コ(ペキン)1 中国の首都はペキン(北京)。シャンハイは経済の中心だが首都ではない。
(7)サ(ワシントンD.C.)1 アメリカ合衆国の首都はワシントンD.C.。ニューヨークは最大の都市だが首都ではない。
(8)シ(ニューデリー)1 インドの首都はニューデリー(デリー)。ムンバイは経済の中心だが首都ではない。

知技 2人類の誕生と道具(2点×7=14点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)ア2 約700万年前にアフリカに現れた最古の人類は猿人で、後ろあし(足)で立って歩いた。イの原人は約200万年前、ウの新人は約20万年前、エの旧人はその間に現れたので時期が合わず誤り。
(2)イ2 約200万年前に現れ、火や言葉を使うようになったのは原人。アの猿人はまだ火を使わず、ウの新人はもっと新しい時期なので誤り。
(3)ウ2 約20万年前にアフリカに現れた現在の人類の直接の祖先は新人(ホモ・サピエンス)。エの旧人は新人より前に現れ、現在の人類の直接の祖先ではないので誤り。
(4)旧石器時代2 打製石器を使い、狩りや採集で食料を得ていた時代を旧石器時代という。食料を自分でつくり出さず、移動しながら生活していた。
(5)新石器時代2 打製石器にかわって、表面をみがいた磨製石器が使われ、土器もつくられるようになった時代を新石器時代という。旧石器時代と新石器時代の区別は使われた石器の種類によることをおさえる。
(6)イ2 打製石器は石を打ち欠いて刃をつくった石器。アは表面をみがいた磨製石器、ウは金属器、エは土器の説明なので誤り。
(7)イ2 新人が洞くつの壁にえがいた絵として有名なのがフランスのラスコーの壁画。アのパルテノン神殿は古代ギリシャの建物、ウのロゼッタストーンは石碑、エは古代文明の都市遺跡で、どれも洞くつの壁画ではないので誤り。
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知技 3古代文明(2点×6=12点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)ア2 ナイル川の流域に栄えたのはエジプト文明。イはチグリス川・ユーフラテス川、ウはインダス川、エは黄河の流域なので誤り。
(2)イ2 チグリス川・ユーフラテス川の流域に栄えたのはメソポタミア文明。アはナイル川、ウはインダス川、エは黄河の流域なので誤り。
(3)ウ2 インダス川の流域に栄えたのはインダス文明。ア・イ・エはいずれも別の川の流域の文明なので誤り。
(4)殷(いん)2 紀元前16世紀ごろ黄河流域におこり、青銅器を用いた中国の王朝は殷。周は殷をたおして成立した次の王朝である。
(5)ウ2 メソポタミア文明では、粘土板に葦の棒でしるしをつけたくさび形文字が使われた。アのローマ字・イのアルファベットは後の時代にヨーロッパで発達した文字、エのハングルは15世紀の朝鮮でつくられた文字なので誤り。
(6)ピラミッド2 エジプト文明で王(ファラオ)の墓とされた四角すい形の巨大な石の建造物がピラミッド。ギザのピラミッドが代表例である。

知技 4古代の中国・ギリシャ・ローマ(2点×6=12点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)始皇帝2 紀元前3世紀に秦をおこして中国を統一し、万里の長城を整えたのは始皇帝。文字や貨幣、ものさしなども統一した。
(2)孔子2 仁(思いやりの心)と礼による政治を説いたのは孔子。その教えは儒学(儒教)として後の中国や日本に大きな影響をあたえた。
(3)ポリス2 アテネやスパルタのような古代ギリシャの都市国家をポリスという。(カタカナ3字)
(4)ウ2 アテネでは成年男子の市民が民会に集まって物事を決める民主政が行われた。エの共和政はローマで行われたしくみ、イの帝政は皇帝が支配するしくみ、アの封建制は後の時代のしくみなので誤り。
(5)イ2 紀元前1世紀に共和政から帝政に移り、地中海一帯を支配したのはローマ帝国。アのペルシア帝国は西アジア、ウのマケドニア王国はアレクサンドロス大王の国、エのカルタゴはローマに敗れた国なので誤り。
(6)ウ2 秦がほろびたあとに中国を統一し、シルクロードで西方と交易したのは漢。アの周は秦より前、イの唐は7世紀、エの宋は10世紀以降の王朝なので時期が合わず誤り。
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知技 5日本の原始・古代(2点×7=14点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)縄文土器2 縄目の文様がつけられた厚手で黒褐色の土器が縄文土器。これに対し弥生土器は薄手で赤褐色、かざりが少ない。
(2)たて穴住居2 地面を掘り下げて柱を立て、屋根をかけた住居がたて穴住居。縄文時代から弥生時代にかけて使われた。
(3)貝塚2 食べ物の残りかすや道具などを捨てた場所の跡が貝塚。当時の食生活を知る手がかりになる。(漢字2字)
(4)高床倉庫2 収穫した稲をたくわえるために床を高くした倉庫が高床倉庫。湿気やネズミを防ぐくふうである。
(5)イ2 「漢委奴国王」の金印を授けられたのは九州北部の奴国。ア・ウ・エも中国の歴史書に名が見える倭の国だが、金印を授けられたという記録はないので誤り。
(6)ウ2 3世紀後半から奈良盆地を中心に成立した大王中心の政権が大和政権(ヤマト王権)。ア・イ・エはいずれも実在した政権の名ではないので誤り。
(7)エ2 大阪府堺市にある日本最大の前方後円墳は大仙古墳(仁徳天皇陵古墳)。アの稲荷山古墳は埼玉県、ウの江田船山古墳は熊本県、イの高松塚古墳は奈良県の古墳で、いずれも規模が大きく異なるので誤り。

【思考・判断・表現】(40点)
考 1古代文明の比較(2点×5=10点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)ハンムラビ法典2 メソポタミア文明(資料1の「い」)で定められ、「目には目を、歯には歯を」の考え方で知られる法律がハンムラビ法典。
(2)甲骨文字2 黄河流域の文明(資料1の「え」)で、亀の甲や牛の骨に刻まれた文字が甲骨文字。現在の漢字のもとになった。
(3)エ2 資料1の「あ」はナイル川流域の文明で、神殿や墓にものの形をかたどった象形文字(神聖文字)が刻まれた。アのくさび形文字は「い」のチグリス川・ユーフラテス川流域の文明で使われた文字、ウのローマ字とイのハングルはいずれも後の時代につくられた文字なので誤り。
(4)ア2 「あ」「い」は紀元前3000年ごろ、「う」は紀元前2500年ごろなので差は約500年。イ〜エはいずれも表の数値の差と合わないので誤り。
(5)ウ2 4つの文明はいずれも大河の流域でおこった。大きな川の水を利用して農業ができ、人口が集まったためである。アの寒帯・エの熱帯は該当せず、イは「川の流域」という表の内容と矛盾するので誤り。
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考 2中国の歴史書に見える倭(2点×5=10点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)卑弥呼2 呪術にすぐれ、239年に中国に使いを送って「親魏倭王」の称号を授けられた倭の女王が卑弥呼。(漢字3字)
(2)邪馬台国2 卑弥呼が治めていた国は邪馬台国。30ほどの国々をしたがえていたと記されている。
(3)ウ2 卑弥呼の記述があるのは「魏志倭人伝」(『三国志』の魏書の一部)。イの後漢書には奴国の金印の記録、エの日本書紀は8世紀の日本の歴史書、アの漢書は前漢の歴史書なので誤り。
(4)ウ2 239年は201年から300年までにふくまれるので3世紀。1〜100年が1世紀、101〜200年が2世紀と数えるのでア・イ・エは誤り。
(5)エ2 資料2に「国々が長く争い合ったため、国々は共同して一人の女の王を立てた」とあるのでエが正しい。アは「もとは男の王がいた」に反し、イは称号・金印・銅鏡を授けられたとあるので誤り、ウは戦いに勝ったという記述がないので誤り。

考 3飛鳥時代の政治(2点×7=14点)
設問解答配点解説(正解の理由/他が誤りの理由)
(1)聖徳太子
(厩戸皇子も可)
2 593年に推古天皇の摂政となり、蘇我馬子と協力して天皇中心の新しい政治を進めたのは聖徳太子(厩戸皇子)。
(2)冠位十二階2 603年に定められ、役人の位を12に分けて冠の色で地位を示した制度が冠位十二階。
(3)イ2 「和をもって貴しとなし」「あつく三宝を敬え」で始まるのは十七条の憲法。アの大宝律令は701年の法律、ウの養老律令は奈良時代、エの御成敗式目は鎌倉時代の法なので時期も内容も誤り。
(4)エ2 三宝は「仏・法・僧」で、「法」は仏の教え(仏法)を指す。アの国が定めた法律と取りちがえやすいが、ここでは仏教の三つの宝を指すのでア・イ・ウは誤り。
(5)イ2 十七条の憲法は役人の心構えを示し、天皇の命令(詔)に従わせて天皇中心の政治を進めるために定められた。アは律令制度の班田収授、ウは地方支配のしくみ、エは「三宝を敬え」と逆の内容なので誤り。
(6)ウ2 607年に遣隋使として派遣されたのは小野妹子。アの犬上御田鍬は最初の遣唐使、イの阿倍仲麻呂は唐に渡って帰国できなかった人物、エの鑑真は唐から来日した僧なので誤り。
(7)エ2 645年に中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏をたおして始めた改革が大化の改新。アの建武の新政は14世紀、イの壬申の乱は672年の争い、ウの承久の乱は鎌倉時代の争いなので誤り。

考 4記述問題(3点×2=6点)
設問解答例配点解説・採点基準
(1) 稲作が広まって収穫量に差が生まれ、よい土地や水、収穫物をめぐってむらどうしが争うようになったから。 3 稲作には水の確保と平らな土地が必要なため、条件のよい土地や用水の取り合いが起こり、たくわえた米をうばい合う争いにも発展した。
採点基準 ①「稲作」の語を使っている(1点)/②「土地」(または水)の争奪にふれている(1点)/③むらの間で争いが起こったことを述べている(1点)。指定語句が1つでも欠けていれば最大2点。
(2) 農耕や牧畜が始まり、食料を自分でつくり出せるようになったため、移動せず一か所に定住して生活するようになった。 3 打製石器だけのころは狩りや採集で食料を探して移動する生活だったが、磨製石器や土器を使って農耕・牧畜を行うようになると、食料をつくり、たくわえ、煮炊きできるようになって定住が進んだ。
採点基準 ①「農耕」の語を使っている(1点)/②食料を自分でつくり出せるようになったことにふれている(1点)/③定住(移動しなくなった)ことにふれている(1点)。
知識・技能 8+14+12+12+14=60点(34問) / 思考・判断・表現 10+10+14+6=40点(19問) / 合計 100点・全53問
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