相談
小学5年生の息子がいます。「勉強、大丈夫?」と聞くと、「別に困ってないから」と言います。学校のテストはそこそこ取れていますが、家ではゲームばかりで、このままで中学に行って大丈夫なのか心配です。本人はまったく焦っていないのに、私だけが不安でたまりません。このまま見ているだけで、本当にいいのでしょうか?
塾長の聞き返し
「このままで大丈夫か」と心配になったのは、何かきっかけがあったのでしょうか? そして「困ってない」と言うとき、お子さんはどんな様子ですか?
特にきっかけはないのですが、周りの子が塾に通い始めて、急に不安になりました。本人は「テストは簡単だし」という感じで、表情も普通です。家ではゲームをしていて、勉強している様子はありません。
塾長の答え
1. 今、困っているのは誰ですか
まず、整理しましょう。お子さんは困っていない。困っているのは、お母さんです。
アドラー心理学に「課題の分離」という考え方があります。「その選択の結末を、最終的に引き受けるのは誰か」で、誰の課題なのかを見分けるものです(詳しくは第1問で書きました)。
勉強をするかしないか、その結末を引き受けるのは、お子さんです。ですから、勉強をどうするかはお子さんの課題です。一方、「このままで大丈夫だろうか」と不安になるのは、お母さんの課題です。
はっきり言います。親の不安は、親の課題です。 お子さんが解決してくれるものではありません。これを子どもの課題に混ぜると、「心配している私のために、あなたが変わりなさい」という話になってしまいます。それは、子どもへの押しつけです。
でも、本人は状況がわかっていないだけで、本当は困るはずなんです。
そうかもしれません。わかっていないのなら、それは情報が足りていないということです。情報を渡すのは、親の仕事です。ただし、渡し方があります。
たとえば、こんなご家庭を想像してください。お母さんが一度だけ、落ち着いたときにこう伝えます。「勉強のことが、お母さんは少し気になっている。これからどうするかは、あなたが決めていいよ。何か手伝えることがあったら言ってね」。事実を一回伝え、決めるのは本人に任せる。これが情報を渡すということです。
何度も繰り返すのは、情報ではなく圧力です。
2. 「困ってない」は、本当でしょうか
「困ってない」という言葉には、いくつかの可能性があります。本当に困っていない。困っているけれど、言いたくない。困っていることに、まだ気づいていない。外からは、区別がつきません。
でも、強がっているだけかもしれません。
だからこそ、区別しようとして問い詰めないでください。問い詰められると、子どもはますます「困ってない」と言うしかなくなります。
「困った」と言えるのは、言っても責められない場所があるときだけです。これまでに「どうしてできないの」と責められた経験があれば、子どもは困りごとを隠します。隠すのは、子どもが自分を守っているのです。
ですから、お母さんの仕事は、本音を聞き出すことではありません。言っても大丈夫だと思える環境を、普段から作っておくことです。「困ったことがあったら、いつでも言ってね」。この一言を、責める口調ではなく、普通の声で伝えておくことです。
3. 親の不安は、親が扱う
でも、不安なものは不安なんです。見ているだけなんて、できません。
その気持ちは、当然です。不安を感じることを、やめなくていいのです。ただ、不安の置き場所を変えてください。
岸見一郎さんと古賀史健さんは、「あなたのため」と言って子どもに勉強を命じるとき、その裏には親自身の目的がある、と述べています(古賀・岸見、2023)。その目的とは、たとえば「自分の不安を消したい」「世間体を守りたい」といったものです。これは責めているのではありません。親なら誰でもそうなります、という話です。
不安は、お子さんにぶつけず、別の場所で扱ってください。
- 信頼できる人に、不安をそのまま話す(配偶者、友人、塾の先生など)
- 「何が不安なのか」を紙に書き出してみる。多くの場合、「このまま高校に入れなかったら」といった、まだ起きていない未来への不安だとわかります
- 学習面の確認は、塾のような「見る役割の人」に任せる
勉強の様子を確認し、必要な指導をするのは、塾の仕事です。お母さんが一人で見張る必要はありません。
でも、私が何もしなかったら、「親は無関心なんだ」と思われませんか?
何もしないのではありません。見守る、という仕事をしています。無関心な親は、「困ったことがあったら言ってね」とは言いません。関心があるからこそ、口を出さずに待つのです。お子さんに伝わるのは、声の大きさや回数ではなく、普段の態度のほうです。ご飯の時間に普通に話す、学校の話を急かさず聞く。それだけで、「見てくれている」という安心は、十分に伝わります。
4. 「困っていない」子は、実は多数派です
小学生で「困っていない」という子は、ことばこでもとても多いです。私の実感では、ご相談のうち、本人は焦っておらず、親御さんのほうが焦っているというご家庭が8割ほどあります(数えたわけではなく、実感です)。中学生になると、半々くらいです。
小学生が困っていないのには、理由があります。小学校には定期テストのような決まった枠組みがなく、自分の立ち位置が見えにくいからです。競争心も持ちにくいですし、授業でつまずくことも少なく、学校のテストも簡単です。困りようがないのです。
中学生になると変わります。きっかけのほとんどは、定期テストの結果です。中学生で「困った」と言い出す子の8割ほどが、定期テストの結果を見てからです(これも実感です)。
では、困っていない小学生に、ことばこでは何をしているか。話し合いはせず、「このプリントを一回やってみてくれる?」と、できる範囲のものから渡します。 まず、できることをやってもらいます。
すると、やっているうちに、だんだんできないことに出会います。課題を課すと、その中で、つまずきが見えてくるのです。そこで初めて、本人が困ります。困りごとは、先に「困っている?」と聞いて見つけるものではなく、課題に取り組む中で、見えてくるものです。
そのとき、自然な状態の子は、「できるようになりたい」と思います。クイズを出されて、解けなかったときのように、むきになって頑張ります。漢字を覚えるのは、確かに面倒です。でも、そこまで嫌なことではありません。勉強をすると自分が成長する、ということは、子どもでもわかっています。勉強したほうがいいことがわかっていない子は、まず、いません。
ところが、「やりなさい、やりなさい」と言われ続けた子は、課題が出てきても立ち止まります。自分の考えや判断で動くことを尊重されなかった子は、「勉強には乗らない」という自分のルールに従うようになります。成長したい方向から離れてしまうのは、不自然な状態です。そうなるのは、その子の性格ではなく、強いられ続けた結果だと、私は見ています。
ことばこは、お子さんが「困ったとき、ここに来ればいい」と思える場所でありたいと考えています。
なお、「困ってない」と言いながら、元気がない状態が長く続く、眠れない、食べられない、学校に行けないといった様子があるときは、勉強の問題ではなく、専門家(学校の相談員や医療機関など)に相談する場面かもしれません。それは私が判断することではありませんし、お母さんが一人で抱えることでもありません。
最後に
今日からできることは、三つです。
- 気になっていることを、一回だけ、事実として伝える(「勉強のことが、お母さんは少し気になっている」)
- 「困ったことがあったら、いつでも言ってね」と声をかけ、あとは待つ
- 自分の不安は、お子さん以外の人に話す
勉強ができること以上に大事なのは、「自分には、課題を乗り越えていける力がある」と思えることです。アドラー心理学では、それを支えることを「勇気づけ」と呼びます。親が先回りして不安を消してしまうと、お子さんが自分で気づき、自分で動く機会を奪うことになります。
お子さんが「困っていない」と言えるうちは、まだ、自分で決める余地が残っているということです。そこを、信じてあげてください。
塾長コラム ─ 学習塾ことばこ 塾長(国語科教員10年・学習塾個別指導12年)